ご案内

善導寺霊廟について

納骨供養壇の種類

参拝風景

霊廟のご利用にあたって

お問合せ

交通のご案内

陽光が降りそそぐ霊廟と善導寺の歴史
 トップページ>>善導寺霊廟について

善導寺霊廟外観今回建立します霊廟は、東側壁面にガラス面を採用することにより建物内部にまで陽光を運び込み、あたたかい雰囲気の中に安らぎを演出します。
そして、その他壁面には天然石を使用し、外観としても明るく、安らぎのイメージを与えます。

内部にはエレベーターを完備し、上階への移動にも配慮しており、基本構造としてバリアフリーを採用しておりますので、お体の不自由な方にも気軽に訪れていただけるよう、配慮しております。


善導寺の筋塀善導寺は、建立二年(1212)三月、浄土宗第二祖聖光弁房阿弁長上人(鎮西上人)により創建された当初は、善導寺という名ではありませんでした。ご本尊であります善導大師をお祀りし、百日聞の説法をされたので、人々からは「博多談義所」と呼ばれておりました。
八十四代順徳天皇が善導大師の高徳を聞かれ「光明山悟真院善導寺」と勅号されて「善導寺」の勅額を下賜されたのでございます。以後、度々の兵役によって勅額、本堂ともに消失し、文明九年(1477)に広譽上人が当山を再建されるまでの間の二百六十余年のことについては、残念ながら寺跡や歴史を知るすべがありません。
善導寺は暦朝の天皇及び大内家、飯田家、小早川家などから崇敬を受けており、さらに黒田藩の祈願所として、廃藩置県が施行されるまで深いつながりがあったとされております。また、当寺に菊の紋や筋塀がありますのは、順徳天皇をはじめ天皇家とのつながりを示すものでございます。